01_序章

「僕の話が嘘だと言うなら、山南さん辺りに訊いてみれば良いよ。綱道さんは、自分の意志で姿を消したんだ。まったく、厄介なものを押しつけられて、こっちは良い迷惑なんだよね。ただでさえ人手不足だっていうのに、君の監視に幹部の人数を割いて、どれだけこっちの仕事が滞っているかわかっているの? あの時、大人しく斬られちゃえばよかったのに」
「…申し訳ございません、ですが…」
「ですが? なに? 申し開きが許されるほど、君は偉いの? 凄いの? へぇ、知らなかったよ。じゃあね。雪村千鶴様、諸々のめんどくさい問題、全部解決してくれる? 雪村綱道の娘のお偉い雪村様なら出来るよね? あれ? 出来ないの? 出来ないのなら、どうして一応会津藩御預かりの、御公儀でもある新選組幹部のこの僕に、意見できるなんて勘違いしちゃっているの? あれ? なんで、こんな顔をするのかな? まるで、僕が苛めているみたいじゃないか。もしかして、わざと泣いてるの? 女の子は良いよね。しかも、君って全然大したことないのに、ちょっと顔が可愛いから、みんなコロっと騙されちゃうのかな? ねぇ、泣けば許してくれるって本当に思っている? だーめ、僕には通用しないし騙されない。それ以前に、この程度で泣き真似するなんて、君って根性腐っているんじゃない。あー、腐っているから、君から変な臭いがするんだ。ちょっと、近寄らないでくれる。卵と魚を一緒に腐らせた感じの嫌な臭いがする。あーあー。君って存在すること自体が、本当に迷惑なんだよね」
「おい。総司やめろ」
 項垂れる千鶴を見ていられず、平助は沖田と千鶴に割って入るが、沖田は構わずに喋り続ける。
「皆も口に出さないけど、君の事厄介者だって思っているよ。こっちの平助なんかさぁ、この前徹夜で君の監視をしていたから、寝不足で巡察中に、不逞浪士を取り逃がしちゃったんだよねぇ〜。その不逞浪士が、馬鹿な名目で金を脅し取ったり、人を斬ったりしたら、ぜーんぶ君のせいなんだよ。ぜーんぶっ! 君のせいで何人傷ついて、何人涙を流したんだろうね」
「待てよっ。馬鹿! それは、俺のせいだろ。なんでもかんでもコイツのせいにすんなよ」
「平助は、ちょっと黙ってよ。…君の父親は本当に最悪だよ。散々人に迷惑をかけて、厄介事を押しつけて消えちゃってさ。どんな事情があるにしろ、幕府直々の仕事を放り出すなんて良い度胸だよね。戻ってきたとしても、もう、お天道様の下を歩けないんじゃないかな? 残念だね。再会したとしても、君達親子は江戸になんか帰れない。見つかれば、親子ともども極刑…あーだけど、綱道さんにはまだ仕事が残っているから、綱道さんだけは幽閉かな。君は見せしめに斬首かもしれないね。娘に類が及ぶなんて、考えなかったのかな? 綱道さん? いずれにしろ、君の父親は恥知らずな上に、恐ろしい人間なんだよ。どんなに人が傷ついても顔色一つ変えないんだ。冷血漢って、こういう人でなしの事を指すんだよね。人でなし…いや、鬼畜っていうんだっ…」
 重い破裂音が部屋中に響いた。
 沖田の暴言を遮ったのは、千鶴の平手打ちだった。
 涙が乾いた栗色の瞳には怒りの炎が燃え上がり、柔らかな唇からのぞく歯は、ぎりりと奥まで食いしばられている。
 呆けた表情の平助と、一瞬何をされたか分からない表情の沖田は、手首を鞭のようにしならせて、渾身の力で振り下ろされた、二発目の存在に気付かなかった。

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